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大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)38号 判決

控訴人

渡辺孝

右訴訟代理人弁護士

徳永豪男

大櫛和雄

被控訴人

大阪西労働基準監督署長山下日佐子

右指定代理人

石田裕一

田中純二

塩原和男

富永光彦

川村基次

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し、労働者災害補償保険法に基づき昭和五八年一〇月一七日付けでなした障害補償給付支給に関する処分は、これを取り消す。

3  訴訟費用は、一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

次のとおり付加訂正するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の事実摘示の付加訂正)

1  原判決二枚目表七行目の「約一メートル」(本誌五二二号〈以下同じ〉6頁下段11行目)を「約二メートル(原審では約一メートルと主張したが、これは、誤記ないしは錯誤による主張であり、かつ、真実に反するものであるから、自白の撤回が許されるべきである)」と、一一行目の「脊椎」(6頁下段17行目)を「脊髄」と、末行の「きっこう会」(6頁下段20行目)を「きつこう会」とそれぞれ改める。

2  原判決四枚目表四行目の「脊椎」(7頁2段13行目)を「脊髄」と改める。

同四枚目裏四行目末尾(7頁2段31行目)に「及び被控訴人の主張」を加え、五行目(7頁3段1行目)を「1請求原因1の事実は認める。(但し、控訴人の落下した距離が約二メートルであるとの当審における主張は否認する。控訴人の落下した距離が約一メートルであったことは、控訴人自身が原審において認めていたものであり、右主張の変更は自白の撤回であるから異議がある。)同2の事実は認める。」と改め、九行目から一〇行目にかけて(7頁3段6~7行目)の「原告に第一二胸椎下部から腰椎にかけての痛みが」を「控訴人が主訴として主張する前記(一)ないし(三)の障害のうち、第一二胸椎下部から腰椎にかけての痛みが」と改める。

3  原判決五枚目裏四行目から五行目にかけての「本件受傷当時の主治医である喜馬病院の喜馬医師は、」(7頁4段2~3行目)を「控訴人が本件受傷直後に治療を受けた喜馬病院の喜馬医師は、控訴人の症状について、」と改める。

4  原判決七枚目表六行目の「減弱」(8頁1段18行目)をいずれも「滅弱」と、八行目の「中程度」(8頁1段20行目)を「中等度」とそれぞれ改める。

5  原判決九枚目表二行目の「右(二)の事実」(8頁3段11行目)を「右(二)の被控訴人の主張」と、三行目の「争う。」(8頁3段12行目)を「右(二)の主張のうち、控訴人に存在する後遺障害が脊柱の変形障害とこれに随伴する神経症状のみであること及び控訴人の後遺障害を第一一級五に該当するとした被控訴人の認定が適正であることは争う。」と改める。

(当審における双方の主張)

一  控訴人

1 控訴人の本件受傷による後遺障害は、単なる脊柱の変形及びこれに付随する疼痛のみではなく、著しい運動制限を伴う脊椎(又は脊髄)の損傷ないしは背腹部軟部組織の器質的障害(以下「脊椎損傷等」という)である。

脊椎損傷等の程度により四肢等の運動障害、感覚障害、腸管機能障害等が生ずることは明らかであるから、控訴人の主張する下肢のしびれや消化器系の機能減退や胸の痛みはこうした脊椎損傷等による症状と理解すべきであり、これをすべて控訴人の個人的素因である変形性脊椎症による愁訴であるというのはあまりにも短絡的である。(なお、変形性脊椎症も外傷によって生じうることは明らかであるから、変形性脊椎症であるからといって、直ちに本件受傷との因果関係を否定するのは相当ではないし、そもそも、本件においては、変形性脊椎症が控訴人のどの部位に発現しているのか、また、その神経学的影響がどの程度であるのかについては何ら明らかにされていない。)

被控訴人の昭和五八年九月三〇日付け障害等級調査書(証拠略)においては、昭和五八年五月四日付け(昭和五九年一月二三日付けの誤りと思われる)症状所見書(証拠略)、昭和五九年三月三〇日大基審受付鑑定書(証拠略)で認められていた「運動制限」が存在しないものとされているが、運動(前屈、後屈、回転等)制限についての角度測定その他の運動可動域についての検査を全くしないまま運動障害がないとの判断をするのは不当である。

したがって、控訴人の本件受傷による後遺障害は、労災保険法施行規則別表第一の障害等級表第八級二の「せき柱に運動障害を残すもの」に認定されるべきである。

2 仮に、脊柱に運動障害があると認められないとしても、控訴人には、脊柱(腰椎のみならず、胸椎にも)の運動制限が著明に存しており、これは単なる疼痛ないしは控訴人の主観的な愁訴に過ぎないものではなく、本件受傷によって神経系統になんらかの障害が生じたものと理解すべきであるから、少なくとも、障害等級第九級七の二の「神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するものとされるべきである。

二  被控訴人

1 控訴人は、被控訴人が運動屈曲制限等の検査所見をしなかったことが不当であるかのように主張するが、労災病院での症状所見書(証拠略)においては、「第一二胸椎周辺部の痛み、特に前屈時に増強する。右下肢痛としびれ感。腱反射は正常、腰椎可動域も正常」との所見が示されており、また、河村医師の鑑定書(〈証拠略〉)においても、「運動は疼痛の為制限される」との症状所見が示されており、控訴人の後遺障害の内容、程度は明確であった。

労災保険法施行規則別表第一の障害等級表に定められている障害等級の認定に際して、脊椎の癒合又は固定、軟部組織の器質的病変に起因して制限される脊柱の運動障害がある場合については、運動可動域の測定を必要とするのは当然であるが、単に疼痛のために運動障害がある場合は、局部に神経症状を残すものとして認定すべきであるから、脊柱の可動域測定は必要ではない。したがって、本件においては、右症状所見から疼痛の程度についての等級を認定すれば足りるものであり、運動屈曲制限の測定検査等は必要としないものである。

また、労災保険法施行規則別表第一に定められている障害等級第八級二の「せき柱に運動障害を残すもの」という場合の運動障害とは、傷病が固定したが、エックス線写真上、明らかな脊柱圧迫骨折又は脱臼が認められ、融合しているか、若しくは脊柱固定術に基づく脊柱の強直がある場合、又は背部軟部組織の明らかな器質的変化がある場合で、これらに起因して運動可能領域が正常可動範囲のほぼ二分の一程度にまで制限されたものをいう(証拠略)ところ、控訴人の右症状所見はこれには該当しない。

2 変形性脊椎症について

変形性脊椎症は、消耗性疾患であり、発症は加齢による生理的老化現象による退行変性変化に基づく病変で、脊椎の椎体縁、椎体前上、下縁に唇状、棘状の変形から橋梁状となることもあり、これに体質的な素因も加わり、四〇歳を過ぎると年齢が進むにつれてその度を増すものであり、特に男性は女性に比してその程度は一般的に高度である。有症状としては痛くて動きづらい等の多彩な愁訴が発現するものである。

控訴人は、五六歳の男性であり、河村医師の鑑定書(証拠略)、同医師の鑑定意見書(証拠略)によれば、控訴人には、第四頸椎前下縁から前縦靱帯部に伸びた骨棘形成と胸腰椎全般に骨棘形成がみられ、控訴人に本件受傷当時から右変形性脊椎症による変化が現れていることが明らかである。したがって、控訴人の訴える背腹部痛、下肢のしびれ等については、右変形性脊椎症に基づく神経症状と考えるべきである。

なお、本件労災事故による負傷は、椎体骨折の癒合が完成して安定性が得られると消失する程度のものであるから、その影響は少なく一過性のものである。控訴人が運動制限を認めていると主張する(証拠略)の症状所見書には、なるほど「胸腰椎の可動域制限著明」との記載があるが、これは、昭和五八年五月四日までの治療経過と治療内容に基づく所見であり、同症状所見書には、同時に「Xray、CT所見などにても特記すべきことなく」との所見があるから、本件受傷によって、控訴人には、脊柱及び軟部組織の脊柱の運動障害を及ぼすほどの器質的変化は生じなかったものと推認される。

3 神経症状について

控訴人には、かなり進行した変形性脊椎症があるから、控訴人の訴える背腹部痛、下肢のしびれ等の多彩な愁訴には、右変形性脊椎症の寄与する部分が相当程度存するものというべきである。

本件受傷との間に相当因果関係が認められ、かつ、医学的に証明可能な後遺障害は、第一二胸椎の機状変形と、このような変形に通常付随的に派生する神経症状であり、右神経症状は、脊柱の変形障害に吸収されるべき程度の障害である。

4 控訴人の身体障害及び身体障害が二以上ある場合の障害等級認定について

本件受傷との因果関係を有する控訴人の後遺障害は、第一二胸椎の中等度楔状偏平化である脊柱の変形障害と、このような変形に通常派生する神経症状であり、これは、障害等級第一一級五の「せき柱に変形を残すもの」に該当する。また、右変形障害に付随的に派生した神経症状については、控訴人の素因である変形性脊椎症によるものと解される疼痛等の症状も多く寄与しているが、その障害の程度は、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」であるから、障害等級第一二級一二の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。

しかしながら、後者の障害は、前者の障害とは別の二つの身体障害ではなく、前者の障害に通常派生する関係にある付随的身体障害であるから、重い障害として格付けされた「せき柱に変形を残すもの」に吸収されて一個の身体障害として評価されるべきものである。したがって、労災保険法施行規則一四条三項による等級の併合認定の対象にはならない。

第三証拠関係

原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらを引用する(略)。

理由

一  当裁判所も、控訴人の請求はこれを棄却すべきものと考えるが、その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の理由説示の付加訂正)

1  原判決九枚目表九行目の「同1、2の事実」(8頁3段17~18行目)を「、同1の事実のうち、控訴人の落下した距離を除くその余の事実、及び同2の事実」と改める。

同九枚目裏二行目と同三行目(8頁3段25行目)との間に次の文言を付加する。

「なお、控訴人は、原審において落下した距離を約一メートルと主張し、被控訴人はこれを認めると陳述していたところ、控訴人は当審において落下した距離を約二メートルと主張を訂正したのに対し、被控訴人は右訂正は自白の撤回に当たるとして異議を述べるが、右距離の訂正は控訴人の主張立証責任に属する事実の一部(しかも付随的事実にすぎない)についての訂正にすぎないから自白の撤回には該当しない。」

同九枚目裏七行目の「原告本人尋問の結果」(8頁3段27行目)を「当審証人河村禎視の証言、原審及び当審控訴人本人尋問の結果」と改める。

2  原判決一〇枚目表一行目から二行目にかけて「約一メートル下の中二階に転落し」(8頁4段6~7行目)を「約二メートル下の中二階の板敷床面に転落し」と、同五行目の「脊髄損傷」(8頁4段12行目)を「脊髄損傷(但し、前掲河村証言によれば、こうした診断名が適切であったかどうかは疑問とされている)」とそれぞれ改め、八行目の「頸部痛」(8頁4段16行目)を削除し、一二行目の「カテーテル使用、」(8頁4段21行目)の後に「酸素吸入、」を加え、同行及び末行の「『グ』浣」(8頁4段23行目)をいずれも「グリセリン浣腸」と改める。

同一〇枚目裏一二行目の「同日からは」(9頁1段8行目)を「同日から昭和五八年八月四日までは」と改める。

3  原判決一二枚目裏六行目の「減弱」(9頁3段7行目)をいずれも「滅弱」と、末行の「これにそった供述をする。」(9頁3段18行目)を「原審及び当審控訴人本人尋問において、これに沿った供述をするので、これらの障害と本件受傷との因果関係の有無及び障害の程度等について検討する。」とそれぞれ改める。

4  原判決一三枚目表七行目の「しかしながら前記認定の事実」(9頁3段26行目)を「前記一2の事実」と改め、末行の「写真)」(9頁3段30行目)の後に「、前掲河村証言」を加える。

同一三行目表末行から同一三枚目裏一行目にかけての「原告本人」(9頁3段31行目)を「原審及び当審控訴人本人」と改める。

5  原判決一三枚目裏八行目(9頁4段10行目)から同一四枚目裏末行(10頁1段21行目)までを次のとおり改める。「しかしながら、頭を動かすと首すじが痛むという症状は、後記に判示するとおり、控訴人の個人的素因である変形性脊椎症をその原因とする症状である可能性が強く、第一二胸椎の圧迫骨折あるいはその周辺の脊椎損傷等(背腹部軟部組織の器質的障害を含む)によるものと認めることは困難であって、少なくとも本件受傷との間の因果関係を認めることはできないというべきである。

すなわち、控訴人は、本件受傷以前には頸部の痛みはなかったところ、本件受傷後には頸部にも痛みがあることを訴えるようになったこと、本件受傷直後に治療を受けた喜馬病院での傷病名にも「頸椎捻挫」があげられており、同病院での初診時の症状にも「左頸部痛あり」との記載があること、また、その後に治療を受けた多根病院の傷病名にも「頸椎捻挫」の記載があり、その初診時の症状にも「頸部痛を訴える」とあることなどから判断すると、控訴人が、本件受傷によって頸部になんらかの障害を受けた事実はこれを認めることができる。

しかしながら、第一二頸椎の圧迫骨折が直ちに控訴人の主張するような頸部の痛みにつながることは通常は考えられず、また、控訴人の主張する首すじの痛みが、脊椎損傷等が生じたことによって発生しているものと仮定すると、本件受傷当時からこれらの脊椎傷等を裏付けるなんらかの他覚的所見を伴う症状が発生し、かつ、その症状はすぐには消滅せず、その後も長期間にわたって継続するはずであるところ、本件においては、控訴人が本件受傷直後に訴えていた頸部痛は、その後軽快しており、約二年弱を経過した労災病院における治療の段階ではもはや問題となるほどの痛みはなかったことが認められるから、控訴人が本件受傷当時に受けた頸部痛は脊椎損傷等を原因とする神経的症状に基づくものではなく、本件受傷に伴って生じた比較的軽度の障害であって、少なくとも、労災病院で治療を受けるようになった昭和五八年五月頃までには軽快していたものと認めるのが相当である。

もっとも、喜馬病院における初診時の症状中には、「頸部捻挫」のほかにも「第二、三頸椎に不安定ずれがあり、かつ、第四、五頸椎に変形を認む」との記載があること、また、多根病院における頸椎エックス線フィルム中にも「第四頸椎椎体前下縁から前縦靱帯部に伸びた骨棘形成がみられ、第三頸椎椎帯部にわずかに限局性縦靱帯軟化を疑わせる像がみられるが、仮にこうした頸椎のずれないしは変形が本件受傷によって生じたものであると仮定すると、これによって当然発生するであろう相応の頸髄症状、神経根症状などの障害などの他覚的所見が生じ、こうした症状についての診療録への記載及び治療経過が記載されるはずであるにもかかわらず、本件においては、右喜馬病院及び多根病院のいずれの病院の診療録にもこうした他覚的所見についての記載はなく、単に前記の程度の記載内容にとどまっていること、また、頸部についての治療も、喜馬病院では特にされておらず、多根病院においても、入院時の処置及び入院直後の昭和五六年八月二一日の処置として頸部湿布がされただけで、それ以外の治療は特にされていないこと、しかも、その後に治療を受けた労災病院においては頸部痛については前記のとおり傷病名中にもあげられておらず、同病院における治療の段階ではもはや問題となるほどの痛みはなかったことが認められるから、こうした頸椎のずれないしは変形は、加齢ないしは退行変性によって徐々に進行してきた控訴人の変形性脊椎症による症状が発現してきたものと考えるのが自然であって、本件受傷によって生じたものとは認められないというべきである。

(もちろん、一般的には、こうした頸椎のずれあるいは変形が本件受傷のような外部的な要因によって新たに生じたり、既に発症していた変形性脊椎症が促進されたりすることもないわけではないが、控訴人の第一、第二頸椎に生じているずれ及び第三、第四頸椎に生じているような頸椎の変形は、本件受傷によって一気に形成されたようなものではなく、時間的な経過を経て徐々に形成されたいわゆる退行性変性疾患の変形性脊椎症に特有な骨棘形成であることが認められるから、これらは本件受傷によって生じたものと認めることは困難というべきである。)

したがって、控訴人の主張する頸部に関する症状については、本件受傷との因果関係を認めることはできないといわざるを得ない。」

6  原判決一五枚目表三行目の冒頭(10頁1段24行目の「神経根」)に「したがって、本件受傷によって生じた第一二胸椎の障害とは、高位(部位)が異なるが、」を加える。

同一五枚目裏二行目の「『グ浣』」(10頁2段11行目)を「グリセリン浣腸」と改め、九行目の「腸管」(10頁2段20行目)の後に「、尿路」を加える。

7  原判決一六枚目表五行目の「変形性脊椎症」(10頁3段1行目)から九行目終わり(10頁3段7行目)までを次のとおり改める。

「このことは、こうした控訴人の変形性脊椎症の進行が、前記のとおり、控訴人の個人的素因としての加齢ないしは退行変性(控訴人は本件受傷時において満五六歳の高齢であった)に基づく長期かつ連続的な慢性変化の過程であり、本件受傷による第一二頸椎圧迫骨折などの外傷による急激な変化とは本来異質なものであることを示している。」

同一六枚目裏一行目の「相当である。」(10頁3段13行目)を「相当であって、これらのすべての痛みが本件受傷による前記後遺障害を原因として生じているとまで解することはできないというべきである。」と改める。

同一六枚目裏二行目(10頁3段14行目)から七行目(10頁3段21行目)までを次のとおり改める。

「(五) 控訴人には、以上のとおり、第一二胸椎圧迫骨折の後遺障害として、第一二胸椎付近を中心とする脊椎から腰にかけての痛み、同じく第一二胸椎圧迫骨折後の神経根症状としての歩いたり身体を動かした際の右足首の痛み、同じく肋間神経痛又は上部腰神経の関連痛としての腹の筋肉のしびれるような痛みなどがあることが認められるが、その程度は、症状固定時の段階においては、身体を静止した状態では特に痛みはなく、身体を前後(特に前)に曲げたときにひどく痛むが、ベニヤ板の運搬等の作業は可能であったというものであったから、その疼痛の程度は、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」に該当する程度と解するのが相当である。(なお、控訴人は、当審における控訴人本人尋問において、最近は、静止した状態においても、首の後部から背筋にかけての痛みがあると供述するが、前記のとおり、控訴人にはかなり進行した変形性脊椎症があるから、こうした痛みは右変形性脊椎症を原因とする疼痛である可能性が強い。)」

同一六枚目裏一一行目の「中程度」(10頁3段26行目)を「中等度」と、同行の「が認められ、」から末行終わりまで(10頁3段29行目)を「があり、これは、労災保険法施行規則別表第一の障害等級表の「せき柱に奇形を残すもの」に該当するから、控訴人の右後遺障害は第一一級五となることが認められる。」とそれぞれ改める。

8  原判決一七枚目表三行目の「圧迫骨折に基づく」(10頁4段2行目)を「圧迫骨折の後遺障害としての」と改め、四行目の「その程度は、」(10頁4段6~7行目)の後に「前記に判示したとおり、」を加える。

(当審における控訴人の主張に対する判断)

1  控訴人は、本件受傷による後遺障害として著しい運動障害が生じており、その障害の程度は、障害等級第八級二の「せき柱に運動障害を残すもの」に該当すると主張するが、後遺障害の程度が障害等級第八級二に該当するというためには、単に疼痛のため前屈が困難というだけでは足りず、「症状が固定したが、エックス線写真上、明らかな脊柱圧迫骨折又は脱臼が認められ、融合しているか、若しくは脊柱固定術に基づく脊柱の強直がある場合、又は背部軟部組織の明らかな器質的変化がある場合で、これらに起因して運動可能領域が正常可動範囲辺ほぼ二分の一程度にまで制限される状態に達していること」(証拠略)が必要と解されるところ、症状固定時に控訴人にこうした脊柱の融合や強直あるいは背部軟部組織の明らかな器質的変化のあったことは認められないから、控訴人の後遺障害は「せき柱の変形」にとどまるものというべきであって、「せき柱に運動障害を残す」状態にあるとまで認めることはできない。

控訴人は、被控訴人が控訴人の運動制限についての検査をしなかったことを不当と主張するが、症状固定時に控訴人を診断した労災病院の津田医師の症状所見書(証拠略)においては、「第一二胸椎周辺部の痛み、特に前屈時に増強する。右下肢痛としびれ感。腱反射は正常、腰椎可動域も正常」との所見が示されており、また、河村医師の鑑定書(証拠略)においても、「運動は疼痛の為制限される」との症状所見が示されており、控訴人の後遺障害の内容、程度は明確であったこと、したがって、被控訴人は、右症状所見から控訴人の疼痛の程度についての等級を認定することは十分可能であったことが認められるから、本件において、被控訴人が控訴人の運動屈曲制限の測定検査等をしなかったことは必ずしも不当とはいえない。

したがって、控訴人のこれらの点に関する主張はいずれも理由がない。

2  控訴人は、また、控訴人には、脊柱(腰椎のみならず、胸椎にも)の運動制限が著明に存しており、その原因は、脊椎損傷等によるものではないとしても、少なくとも、神経系統になんらかの障害が生じたことによるものと理解すべきであるから、その後遺障害の程度は、障害等級第九級七の二の「神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当すると主張するが、控訴人に神経系統の機能の障害が生じていることを認めることはできないのみならず、既に判示したとおり、本件における控訴人の後遺障害の程度は、身体を静止した状態では特に痛みはなく、身体を前後(特に前)に曲げたときにひどく痛むが、ベニヤ板の運搬作業は可能であったというものであって、その疼痛の程度は、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」に該当する程度と解するのが相当であるから、障害等級第一二級一二の「頑固な神経症状を残すもの」にとどまるものというべきである。

したがって、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

二  以上によれば、被控訴人の本件処分は適法であって、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大久保敏雄 裁判官 中野信也 裁判官 亀田廣美)

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